大判例

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東京高等裁判所 昭和37年(行ナ)52号 判決 1963年1月29日

原告 中六酒造株式会社

被告 特許庁長官

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

「特許庁が昭和三六年審判第六三一号および同第六三二号各事件について昭和三七年三月一四日にした審決をいずれも取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求める。

第二請求の原因

一  原告は、その有する登録第四三五〇三八号商標に連合すべきものとして、特許庁に対し、(一)昭和三五年九月六日ひげ文字で「玉光」の漢字を縦書にした下にゴシツク体で「タマヒカリ」の仮名文字を左横書にして成り、第二八類清酒、合成清酒を指定商品とする商標(以下本願商標玉光という。)および(二)同月二九日ひげ文字で「玉乃光」の漢字を縦書にした下にゴシツク体で「タマノヒカリ」の仮名文字をきわめて小さく左横書にして成り、第二八類清酒、合成清酒を指定商品とする商標(以下本願商標玉乃光という。)の商標登録出願をした。ところが、この各出願について昭和三六年九月五日各拒絶査定がされたので、原告は、同年一〇月一〇日これらの査定を不服とし抗告審判の請求をし、昭和三六年抗告審判第六三一号および同第六三二号各事件として審理されたが、昭和三七年三月一四日、登録第四一九二三四号商標(昭和二六年一二月二二日出願、昭和二七年一二月六日登録)、すなわち、やや横長方形紙牌内に二重の枠を設けた内部を黄色地とし、該枠内にさらに広狭二重の円輪郭を描き、当該円輪郭の上部左に「登録」右に「商標」の漢字を左横書にし、左横側に「高級」右横側に「焼酎」の漢字を縦書にし、下部に「鹿児島県大根占町」「玉利醸造部吟醸」「電話三〇番」の文字を三段に左横書に併記した両端辺りから斜上方へ左右から各一本の月桂樹の枝を描き、さらに前記円形輪郭内にひげ文字で「玉乃光」(「玉」の文字の下に小さく「乃」の文字を書した左横側に玉の字よりやや下がつて「光」の文字を書く。)の漢字の下に白抜きで「タマノヒカリ」の仮名文字を左横書にしたほか、「芳醇」「無比」の漢字と「特醸」の漢字を縦書に付記して成り、旧第三八類(大正一〇年農商務省令第三六号旧商標法施行規則第一五条)焼酎を指定商品とする商標(以下引用商標という。)を引用し、右抗告審判の請求はいずれも成り立たない旨の審決がされ、同審決の謄本は、いずれも昭和三七年三月二八日原告に送達された。

二  本件審決の理由の要旨は、本願両商標玉光および玉乃光はいずれも引用商標玉乃光と指定商品においてたがいに牴触する類似商標である(最高裁判所昭和三三年(オ)第一一〇四号事件昭和三六年六月二七日言渡判決参照)から、商標法第四条第一項第一一号に該当し、登録すべきものではないというにある。

三  本件審決は、いずれも、つぎの理由により違法であり、取り消されるべきである。

(一)  原告の有する登録第四三五〇三八号商標は、頭部および左右両側に火炎の上がつている宝珠の玉を多少の陰影をつけて線書きした図形を下絵とし、その図形ほぼいつぱいにひげ文字で「玉の光」(「玉」の文字の下にやや小さく「の」の文字を書した左側横に玉の文字よりやや下がつて「光」の文字を書く。)の漢字および平仮名を書して成り、旧第三八類清酒、模造清酒を指定商品とする商標(以下原告の登録商標という。)で、昭和二七年四月二三日登録出願、昭和二八年七月二四日公告にかかるものである。

本願両商標玉光および玉乃光と引用商標玉乃光と原告の登録商標玉の光とは、その外観、称呼、観念において、たがいに、類似するものというべきところ、本願両商標の指定商品清酒、合成清酒は、原告の登録商標の指定商品清酒、模造清酒とは同一商品とみられるのに対し、引用商標の指定商品焼酎とは類似であるにとどまるから、本願両商標は、引用商標よりも、原告の登録商標に近接するものといえる。このような場合、本件審決の理由におけるように引用商標玉乃光を引用し本願両商標玉光および玉乃光について商標法第四条第一項第一一号を適用しその登録を拒否すべきであるとすることは、引用商標玉乃光に連合しうべき商標は原告の登録商標玉の光に類似し、原告の登録商標玉の光に連合しうべき商標は引用商標玉乃光に類似するから、結局原告の登録商標玉の光についてはもとより、引用商標玉乃光についても、ともにこれらに連合すべき商標の登録を許さないことになり、原告の登録商標および引用商標における既得権を害する。この既得権の尊重されるべきことは、商標法第七条の規定に照して明らかであり、同条は、商標登録についての一般原則を定める同法第四条第一項第一一号に優先して適用されるべきものである(なお、大審院昭和八年(オ)第三一〇九号事件昭和一〇年一二月一四日言渡判決参照)。

(二)  特許庁には、「類似商品審査基準」なるものがあり、この基準によれば、原告の登録商標および引用商標が登録された当時においては、指定商品清酒と同焼酎とは非類似の商品とされていたが、現行の右基準においては、右両者は、類似商品とされているから、本願両商標は、指定商品においても引用商標と類似するといわれる。けれども、右基準は、一種の法律的性格のものであり、法律不遡及の原則がはたらくから、本願両商標の登録の許否を決するにあたつても、指定商品清酒と同焼酎とは類似商品でないとして判断されるべきであり、この意味においても、原告の既得権は尊重されるべきである。

(三)  本件審決がその理由において引用した最高裁判所昭和三三年(オ)第一一〇四号事件の判決は、本件とは事案を異にする。すなわち、同判決においては、登録商標「花橘正宗」について「橘正宗」が連合商標の商標登録出願をされ、これが第三者の有する登録商標「橘焼酎」に類似するというものであるのに対し、本件においては、清酒、模造清酒を指定商品とする原告の登録商標玉の光と焼酎を指定商品とする第三者の有する引用商標玉乃光とがすでに類似して存在している場合に、原告の登録商標玉の光についてこれと同一の商品を指定商標とする本願両商標玉光および玉乃光が連合商標の商標登録出願をされ、一方で、これらが引用商標玉乃光に類似するというものである。したがつて、右判決の趣旨をもつて本件を律することは許されない。よつて、請求の趣旨のとおりの判決を求める。

第三被告の答弁

一  主文同旨の判決を求める。

二  請求原因第一、二項の事実は認める。

同第三項の本件審決を違法とする点については争う。

(一)  登録商標のいわゆる禁止権の範囲は、該登録時を基準として決定されるべきものではなく、その既得権を侵害しない範囲で、社会情勢や取引の事情の推移にともない変遷するものである。そこで、原告の登録商標玉の光を引用商標玉乃光と対比するのに、原告の登録商標は、その登録時においては引用商標と指定商品を異にするものとして登録されたとしても、取引事情の推移にともない、今日では指定商品においてたがいに類似し、商標においても類似する。このような場合、原告の登録商標は、それが合法的に登録されたものである以上、先願の引用商標と類似するものであることを理由として、その登録を無効とすることはできないけれども、現在、引用商標の禁止権は、上述したところと商標法第三七条の規定の趣旨とよりして、本来、原告の登録商標に及ぶものであるから、この原告の登録商標に類似する商標は、それが引用商標に類似するものであるかぎり、たとえ、指定商品が原告の登録商標と同一範囲に属し、同法第七条に規定する要件を具備していても、取引上商品の混同誤認を生ずることを極力防止しようとする商標法の精神からして、同条に先立ち、同法第四条第一項第一一号の規定を適用し、その登録を拒否すべきものであり、これは、右原告の登録商標の既得権を害するものではない。

(二)  原告は、審決がその理由において述べるとおりであるとすれば、原告の登録商標および引用商標のいずれについても連合商標の商標登録ができなくなると主張するけれどもその主張は一般論としては妥当せず、たまたま本件のような場合においてそのような結果になりうるだけである。しかも、連合商標の登録出願といえども、独立の商標の登録出願と同様に、商標の類否や特別顕著性等が出願商標について判断されるべきであり、商標登録要件に関する商標法第三条、第四条の規定が適用されるべきことは、確立された原則である。単に本件のような場合において連合商標の登録ができなくなるというだけで、古い判例や若干の事例を挙げ、右の確立された原則をくつがえすことは、法秩序の安定を乱し、許されない。

(三)  法律上の登録要件を緩和する場合には、審査主義、登録主義をとるわが商標法の建前と既存の引用商標権の権利内容に対する影響などからして、明文の規定を要するものと解すべきところ、商標法第七条については、他人の登録商標が自己の登録商標に類似する場合において同法第四条第一項第一一号の規定の適用を排除する旨の規定はどこにも存しない。また、同法第七条の規定は、文理解釈上同法第四条第一項第一一号その他登録阻却要件に該当しない商標について例外的登録阻却要件を定めたものと解すべきであるから、同法第七条によつて商標権者に対し、特定の場合に、法に定められている他の登録阻却要件をも排除するような強力な連合商標出願権が与えられたものと解することはできない。

(四)  原告がその主張を裏付けるために援用した大審院昭和八年(オ)第三一〇九号事件判決は、旧旧商標法(明治四二年法律第二五号)時代に登録され、旧商標法(大正一〇年法律第九九号)のもとにおいて指定商品がたがいに類似する二個の類似商標の一つに対する連合商標の商標登録出願に関する。旧旧法時代においては、登録商標の指定商品と類似する商品を指定商品とする類似商標も、その登録が認められ、また登録商標の商標権者は、その商標の指定商品と類似する商品にかかる類似商標の使用に対しては、いわゆる禁止権を有しなかつた。右判例は、旧旧法時代に登録された商標は旧法時代になつても、その指定商品に類似する商品にかかる他人の類似商標使用に対しては、その禁止権が及ばないものであることを前提とするものと思われるが、これは疑問である。なぜなら、旧旧法時代に指定商品がたがいに類似する二つの類似商標が合法的に登録され併存しこれが旧法時代以降においても有効に存続するのは、両商標とも自己の商標権により相手方の禁止権をたがいに排除し合うからであつて、両商標権の禁止権ないし効力が相手方に及ばないからではないというべきであるからである。その反面、両商標権者とも自己の商標に類似する商標については、相手方の禁止権によつて制限を受けるから、たがいに受忍し合う場合は別として、そうでない場合においては、これを使用しえないことになる。本件は、旧法時代に登録されたときは商品が非類似とされた二商標につき、後にその指定商品がたがいに類似すると解されるにいたつた場合であり、右判例と事案を異にする。そして、本件においては、右のとおり、いわゆる禁止権がたがいに排除し合いつつ及んでいるという考え方を前提として商標法第七条を適用すべく、いいかえれば、本願両商標が引用商標に類似する以上、引用商標の禁止権ないし効力は、本願両商標に及ぶから、その登録は拒否されるべきである。

なお、「類似商品審査基準」が原告主張のような法律的性格のものでないことはいうまでもない。

原告の本訴各請求は、失当である。

第四証拠<省略>

理由

一  本件審査および審判手続の経緯、本願両商標、引用商標ならびに本件審決の理由の要旨についての請求原因第一、二項の事実は、すべて、当事者間に争がなく、また、原告の登録商標が原告主張のとおりのものであること、本願両商標玉光および玉乃光と引用商標玉乃光と原告の登録商標玉の光とが少くともその称呼、観念においてたがいに類似すること、本願両商標の指定商品清酒、合成清酒が原告の登録商標の指定商品清酒、模造清酒と同一であり、これらの指定商品が引用商標の指定商品焼酎と類似であることについては、当事者の明らかに争わない事実に属する。

ところで、本件においては、原告が自己の登録商標玉の光に類似し同一の指定商品にかかる本願両商標玉光および玉乃光について連合商標の商標登録出願をした場合、その出願両商標は、商標および指定商品において類似する他人の引用商標玉乃光が登録されていても、この引用商標と右原告の登録商標とがその出願当時において指定商品がたがいに類似でないとの理由で登録され適法に併存するにいたつている以上、登録されうべきものであるかどうかが争点である。

二  原告の登録商標玉の光は、旧商標法により登録されるにいたつたものであるが、その商標権は、商標法施行法第三条第一項の規定により商標法施行の日(昭和三五年四月一日)において同法による商標権となつたものとみなされるところ、本願両商標玉光および玉乃光は、原告の登録商標に連合すべきものとして同日の後の出願にかかるものである。

ところで、商標権者は、商標法第二五条本文の規定により同条ただし書の場合を除き、指定商品について登録商標の使用をする権利を専有するけれども、その商標権の本来の効力としての専有権は、当該登録商標の類似商標の使用またはその指定商品の類似商品についての右の登録商標の使用にまで及ぶものではないと解される。ただ、同法第三七条の規定によれば、他人の商標使用行為が右登録商標の類似範囲に属する商標にかかる場合等においては、これを侵害行為とみなすことができ、その停止予防等の請求ができる。その結果、この類似範囲の部分については、商標権者自身としては、これを使用しても商品の出所が同一であるからその出所の混同誤認を生ずるということもなく、その事実上の使用が自由である。けれども、商標権者としてはこの類似範囲の部分について、積極的にこれを使用する権利を確保しあるいは将来生ずるかもしれない他人によるこの範囲の部分に対する侵害についてあらかじめその範囲を明確にしておき適時適切な措置に出で、さらに商標の類似および商品の類似の範囲は取引の実情の変転等に応じ変化するものであるのでこれに即応しうるようにしようとする必要がある。そのため商標権者は、その部分について、他人が出願してもあるいは商標権者が連合商標としないで出願しても登録されないが、例外的に連合商標として出願する場合にかぎり、分離して移転することを許さないとの制限をおくことにより、商品の出所の混同誤認を生じさせないことができるので、その商標登録を受けることができることとされている。そこで、連合商標は、ただ相互に連合商標となつた商標を分離して移転することができないほかは、独立の商標として、法律的には原登録商標の消長と関係がないものとされており、さらに、商標法第七条が商標権者といえども、自己の登録商標に類似する商標であつてその登録商標にかかる指定商品について使用するものまたは自己の登録商標もしくはこれに類似する商標であつてその登録商標にかかる指定商品に類似する商品について使用するものについては、商標登録を受けることができないが、ただ例外的に、これらの商標も連合商標として商標登録出願をした場合にかぎり、その登録を受けられるとしていることを考えれば、それが登録されるためには、同法第三条、第四条の定める一般的な商標登録についての要件に関する検討を受けなければならず、他人の登録商標およびその指定商品に類似する場合には、その登録を許されないことが明らかである。

本願両商標玉光および玉乃光は、前示のとおり、指定商品を同じくする原告の登録商標玉の光に連合すべきものとして商標登録出願されたものであるが、いずれも、その出願前登録されていた他人の権利に属する引用商標玉乃光と商標および指定商品において類似である以上引用商標と原告の登録商標とがその出願当時指定商品においてたがいに類似でないとの理由で登録され併存するにいたつた経緯にかかるものであるとしても、連合商標の商標登録を受けうべきものでないことは、上述したところによつて明らかである。

原告は、そのいわゆる既得権の主張を種々しているけれども、結局前示の判断にそわないものでありとうてい採用できないばかりでなく、仮に原告の主張するところに従うにおいては、ただちに本願両商標を付した指定商品と引用商標を付した指定商品との間に商品の混同誤認を生ずるおそれがあるにいたるであろうことは、みやすく、引用商標権者ばかりでなく一般需要者取引者の利益をも害し、ひいて商標法全般の精神に違背すべきことが明らかである。

なお、原告の援用にかかる大審院昭和八年(オ)第三一〇九号事件の判決は、本件と事案を異にし、かつ、審決引用の最高裁判所昭和三三年(オ)第一一〇四号事件判決と対比し本件について判断の資料とするに適しない。また、特許庁における「類似商品審査基準」が法律的性格を有することを前提とする原告の主張については、同基準をそのような性格のものと認める根拠がないから、採用できない。

三  右のとおりである以上、本願両商標玉光および玉乃光の連合商標登録出願が引用商標玉乃光と商標および指定商品においてたがいに抵触するものとし商標法第四条第一項第一一号に該当しその登録を許すべきものでないとした本件各審決は、その余の判断をまつまでもなく、相当であり、その取消を求める原告の本訴各請求は、理由がないので失当として棄却することとしなお、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用し、よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 関根小郷 入山実 荒木秀一)

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